文系は頭が悪いのか?

文系は頭が悪いのか?ということについて、考察して行きたいと思います。

 

有名な事実ですが、理系学部出身と文系学部出身では、収入に大な差があります。

 

果たして、これは、能力の差に起因するものなのでしょうか?

 

文系と理系の最も大きな違いは、「数学」でしょう。

 

数学が苦手だから、文系に行った、という人もよく見かけます。

 

大学受験においては、理系と文系で最も大きく異なるのが数学です。

 

数学以外に、化学の選択で物理もありますが、

 

数学が得意な人は物理も得意なことが非常に多く、

 

逆に物理が得意な人は数学が得意であることも非常に多いので、

 

数学だけを文系と理系の違いの議論の対象として良さそうです。

 

 

 

数学ができると、「論理的な思考」ができて、仕事ができる、というイメージがありますが、

 

数学ができるかどうかは、論理的な思考ができるかどうかとあまり関係がありません。

 

数学はそもそも、根本的に思考する科目ではなく、「処理」する科目だからです。

 

 

 

ほとんどの人は、数学を考える科目だと教師たちに思い込まされた結果、数学ができないだけなのです。

 

「数学は崇高な学問なのだ。数学は暗記科目ではなく、思考科目である!」と言うことを、

 

数学の関係者たちが、ことあるごとに言うので、皆、数学が考える科目だと思い込まされているのです。

 

しかし、実際は数学は「思考する科目」ではなく、

 

「思考によって導き出された結果を適用させる科目」です。

 

これについて、詳しく説明しましょう。

 

 

数学は、元々は考える科目ですが、こと受験数学においてはほぼ完全な「暗記科目」です。

 

ただし、通常の暗記科目とは違います。

 

受験数学は、「解法の適用のさせ方暗記する」科目です。

 

ここを、数学が得意でない人は理解できていません。

 

 

 

数学の問題をスラスラ解けるような人は、どうやって問題を解いているかというと、

 

脳内に類題を解いた時のデータベースが蓄積されており、それによって、問題を解いているに過ぎないのです。

 

決して、その場で一から解法を構築している訳ではないのです。

 

それなのに、数学ができない人は、「数学的才能」というものがあり、

 

その不思議な力によって解法を思いついていると思い込み、

 

その結果、一所懸命に自分で解法を思いつこうとしているのです。

 

 

 

数学の問題で出題されるような問題の解法は、

 

数学の専門家である数学者たちが何日も、何週間も、時には何年も、ウンウンうなって導き出されたものです。

 

それを、素人が一問当り制限時間たかだか数十分で、思いつけるはずがありません。

 

数学の問題の特殊な解法を、制限時間内に思いつくことができる人間というのは、

 

人類最高峰の頭脳と言ってよいでしょう。

 

そのような人物はいかに難関大学でも、十年、いや数十年に一人しかいないレベルです。

 

 

数学ができない人とできる人では、問題演習をする時のスタンスが違います。

 

前者は、自分の頭で必死で考えて、問題の解法を自分で思いつこうとします。

 

一方後者は、どういう条件の時にどういう解法が使われているかを理解して、それを記憶します。

 

このスタンスの違いにより、同じ時間だけ勉強しても、結果が全く変ってくるのです。

 

 

 

データベースを構築して、適切な解法を適用させる能力があるならば、優秀なのではないか?

 

という考えが頭に浮かぶと思います。

 

その側面ももちろんありますが、データベースを構築することができるのは、「受験数学」においてだけです。

 

なぜならば、大学受験の範囲内の数学という条件下の非常に限られた範囲内だからこそできる方法なのです。

 

大学受験レベルでの数学の解法のデ゙ータベースを作る記憶力があっても、

 

数学以外の分野の問題の解法を覚え切ることはできません。

 

データベースを作る方法は、ごく狭い範囲でしかできないため、

 

一般的な範囲の問題は、

 

莫大な情報から、何が必要な情報かを導き出し、一から解法を構築していく力、

 

つまりロジカルシンキングが必要とされるのです。

 

受験レベルで行うような低レベルな頭脳活動などできても、何の意味もないのです。

 

 

さて、本題に戻りますが、そうは行ってもやはり、数学ができる人の方が、仕事ができる傾向が強いです。

 

「理解する努力ができる」からです。

 

よほどすぐ数学ができない場合以外で、数学ができるかどうかは、頭脳の良し悪しにほとんど関係ありません。

 

先述したように、数学と論理的な思考力はほとんど関係ありません。

 

では、文系と理系で収入の差がなぜ大きくつくのかというと、

 

それは文系では「理解する努力をしない人が多いから」です。

 

いくら数学が、他者が導き出した結果を覚え、それを適用させる科目だとしても、

 

ほんの少しはロジカルな思考が必要となります。

 

しかし、そのほんの少しのロジカルな思考すらしない人がいるのです。

 

そういう理解する努力をしない人、物事の関係性を理解することを怠る人は、

 

解法を理解できず、正しく適用させることができません。

 

他の分野においても、理論を理解することをせずに済ませようとする癖がついてしまっているでしょう。

 

そのような人は、社会に出て使えないのは当然です。

 

 

以上が、「文系は頭が悪いのか?」というテーマに対する私の考察です。

 

学生時代に数学が苦手だった人でも、

 

数学が思考科目だと子どもの頃から周囲の馬鹿な大人たちに思い込まされていた結果、

 

間違った方法論で勉強していたため数学ができなかっただけです。

 

理解しようとすらしてこなかった人以外は、根本的な思考能力に差はありません。

 

今からでも、地道に頭脳を鍛えていけば、ペーパーテスト以外の

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