「カタカナ語」を使いたがる馬鹿

カタカナ語をやけに使いたがる馬鹿を見たことは無いでしょうか?

 

カタカナ語を使いたがるのは、頭が悪い証拠と言ってもよいです。

 

自分の意見が論理的に劣っているため、意見の正当性を補強したいがために、カタカナ語を過剰に使ってしまうのです。

 

カタカナ語を本文に入れてしまうと、何と無く恰好よく見えますが、実は、カタカナ語を使うと、論理が緻密で無くなる場合がとても多いです。

 

カタカナ語にはその語が示す意味が、明瞭でないものが多いからです。

 

なぜなら、カタカナ語は多くの場合、日本語で適切にその意味を表すことができなかったので、そのまま和訳されずに残ったものです。

 

しかし、適切に言い変えれば、単語でなくても、文章でそのカタカナ語と同じ意味の文章を作ることは可能です。

 

それにもかかわらず、そのままカタカナ語を使うのは、その人が

 

 

「知識人」とされる人が、使う必要のないカタカナ語を多用しているのが目につきます。

 

使う必要のあるカタカナ語とは、固有名詞のカタカナ語です。

 

固有名詞のものは、使わざるを得ません。

 

しかし、それ以外のカタカナ語を多用する人間の意見は、レベルが低い場合が多いです。

 

自分の着想それそのものが、価値に乏しいことに意識的・無意識的に気付いているので、

 

それに気づかれたくないがために、ぼんやりとした、意味の指す範囲があいまいで、なんとなく恰好よく見えるカタカナ語にすがってしまうのです。

 

そのような頭の悪い人間が書いた文章は、日本の国語の評論問題でよく出題されます。

 

何となく価値が高そうに見えて、その実、ほとんと何も言っていないに等しい評論文です。

 

書く方も書く方ですが、出題する方も出題する方だと思いますが・・・

 

 

ですので、カタカナ語をよく使っている人物の発言・文章は、注意して見るようにしてください。

 

あなたも同様の過ちを犯さないように、できるだけカタカナ語に頼らずに、日本語で分かりやすく説明することはできないかを、

 

十分に考えた後で、それでもどうしても説明できない、という時にだけ、カタカナ語を使うようにしましょう。

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