短距離走と長距離走

マラソンランナーの選抜を、100メートルのタイムによって行うことはありません。

 

なぜなら、長距離走を速く走れる人間かどうかは、短距離走のタイムで判断することができないと分かっているからです。

 

長距離を走らせて測定するのが面倒だからと言って、短距離を走らせて、そのタイムで長距離の速さを判断する、というのは、不自然でしょう。

 

 

この話を何のために話したのかというと、「学問の研究」について、伝えたいことがあるからです。

 

理系でも、文系でも、学問の研究を行っているのは、ほとんどが学校のお勉強が得意だった人たちです。

 

学校のお勉強が得意だった人たちが、研究に興味を示し、成績が良いという理由をメインに、その他の理由としては出身大学が同じだとか、自分を慕ってくれる、などといった非論理的な理由で、研究機関に配属されます。

 

しかし、この学校のお勉強が得意だった人たちは、実は研究に全く向いていない人たちばかりである、という残念な事実があります。

 

 

 

各種学問の研究と、学校のお勉強の主な違いは以下のようなものです。

 

 

範囲は存在しない⇔テスト範囲が存在する

 

制限時間はほぼ無い⇔制限時間は非常に短い(数十分~数時間)

 

外部から情報を手に入れられる⇔外部から情報を手に入れられない

 

以下、これらのポイントについて解説していきます。

テスト範囲の問題

まず、学校のテストでは、テスト範囲が存在します。

 

一方、研究においては、どこからどこまでから問題が出ますよ、という知識の範囲が指定されません。

 

これは、大きな違いです。

 

テスト範囲が決まっていることで、発想力が無くても、記憶力があれば、問題を解くことができます。

 

範囲の指定があることで、用いることができる解法の種類が非常に限られてくるからです。

 

学校のテストでは、その範囲内の解法を記憶すれば良いだけなのです。

 

未知の事柄を発想する力が無くても、範囲が指定されていることにより、解法の幅が限られるため、対応することができるのです。

 

ですから、学校のテストができる人が、知識の範囲の指定の無い研究において、成功するとは全く言うことができないのです。

 

研究では、高い発想力が必要ですが、この能力は学校のお勉強ではほぼ必要ありません。

制限時間の問題

学校のテストでは、制限時間があります。

 

それも、非常に短いです。

 

新たな解法を論理的に導き出し、どの解法を使うかを吟味している時間などほぼありません。

 

制限時間が非常に厳しいため、ほとんどの問題に対して、あらかじめ解法を知っていなければ、制限時間内に十分な点数をとることは難しいです。

 

多くの問題で、いちいち解法を考えていたのでは、どんなに発想力のある人間でも、制限時間内に解くことができません。

 

そこでは、新しい解法を思いつく力は、ほとんど要求されず、必要なのは、解法と解法のあてはめ方を大量に記憶する記憶力です。

 

 

ここで、

 

「頭の良い人間なら、どの新たな解法を使えば良いかも分かるはずで、短時間で問題を解けるはずだ」

 

と考える方もいるかもしれませんが、それは間違いです。

 

なぜなら、「発想力」と「処理力」は別物だからです。

 

実際に思いついた解法群の中で、時間内に問題を解くことができる解法を探すためには、「処理力」が必要とされます。

 

これは、発想力とは別の力であり、コンピュータが得意とするコンピュータ的な能力です。

 

発想力があれば、制限時間のほぼ無い研究においては、人間自身の処理力はそれほど必要ありません。

 

 

一方、研究においては、制限時間はほぼないです。(あるとするならば寿命が尽きるまで)

 

そのため、発想力のある人間は、じっくりと時間をかけて、新たな解法を試していくことができます。

 

しかし、学校のお勉強が得意なタイプの人は、時間があっても、そもそも新たな解法を思いつく能力自体が、大きく不足している場合が多いのです。

外部からの遮断

さらに、なぜかテスト時間中においては、本やパソコン、人などから情報を得ることができません。

 

ですので、テストを解くにあたっては、外部から情報を手に入れることができないため、前もって問題を解くための知識を全て頭に入れておかなければなりません。

 

しかし、これは研究においては不可能です。

 

先述のように、前もって問題を解くための知識を全て頭に入れておく、という行為は、「テスト範囲」というものが存在するものでしか使えません。

 

研究においては、範囲が指定されていないので、問題を解決するために必要な知識を全て記憶することは不可能です。

 

 

したがって、何が必要な情報かどうかを正しく判断し、その知識を外部から入手するという能力が研究においては必要とされます。

 

しかし、学校のテストでは、この能力はまったくと言ってよいほど必要ありませんし、養われません。

 

テスト範囲内に必要な情報が必ずあるので、何が必要か?ということを考える必要はないからです。

 

テスト範囲内の知識を、深く考えずに記憶しておけば良いだけなのです。

資源の無駄使いを防ごう!

以上のことから分かるように、学校のお勉強が得意な人と、研究に向いている人は全くと言ってよいほど異なります。

 

 

学校の勉強が得意な人たちは、いわば短距離走者です。

 

出題範囲が決まっており、外部との情報交換が遮断された状態で、既存の問題を短時間で解くことが求められます。

 

 

一方、研究者は、長距離走者です。

 

出題範囲がきまっておらず、外部との情報交換ができる状態で、未知の問題を長時間かけても良いので解くことが求められます。

 

 

現在、世界中で、長距離での活躍を求められる人間が、短距離走のタイム、(つまり大学受験および各種資格)で判断されている状況です。

 

短距離を速く走れる人間が、長距離を速く走れるとは限りません。

 

というより、多くの場合、短距離を速く走れる人間は、長距離が苦手です。

 

しかし、現在、世界中で、このような全く研究に向いていない人たちが、ほとんどの研究機関を占めており、莫大な金と時間を浪費しています

 

初めから、ほぼ全く可能性の無い人たちに、大量の資源が費やされているのです。

 

学校のお勉強ができる人間と、研究に向いている人間は全く違うということを、より多くの人が認識し、

 

研究に本当に適した人たちが、正しく評価されることを願うばかりです。

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